12/02/2012

安全で健康的な環境で暮らす権利

国連人権理事会に任命されたSpecial Rapporteurであるアナンド・グローバーが11月15 - 26日に訪日しました。(Special Rapporteurとは、「特別報告者」と邦訳されているようですが、特命報告官とでも訳したほうが良いような気がします。「特別報告者」では、彼の重役の程度がよく伝わらないような感じがします。) 彼は、国連の人権理事会の任命を受けて、第三者の立場から、実態を調査して報告するという責務を負った人です。マスコミが大きく取り上げなかったせいか、あまり知られていないようですが、訪日の目的は、原発事故後の住民への対応の現地調査でした。 この背景にあるのは、原発事故被災地で、住民の「達成可能な最高水準の心身の健康を享受する権利」が侵害されていないかという懸念です。

国連人権理事会の報告官が調査に来るなんて、日本として誇れることではありません。しかし、外部者にあれこれ言われたくないといって、無視して済ませる課題ではありません。

で、今回は、グローバー報告官の訪日調査後の記者会見についてです。 まずは、記者会見の内容ですが、全文(日本語・英語、両方とも)をここで読めます。 http://unic.or.jp/unic/press_release/2869/  (時間がある方は、ぜひ、全文を読んでください。大手のマスコミは、グローバー氏が住民の健康調査の拡大を要請したということだけを簡単にまとめて報道してところが多かったです。全文を読んで、ご自身で、マスコミの報道と照らし合わせてみてください。あなたが記者だったら、どうまとめて報道したでしょうか? 参考までに、共同通信による記事を、今回のエントリーの一番下に、つけておきます。)

グローバー報告官のメッセージの核心は、彼の「住民は、安全で健康的な環境で暮らす権利があります。」という言葉にあります。こんな基本的なことを、なぜ言われなければならないか。その理由を綴ったのが、先日の記者会見だと見做してもいいかもしれません。 以下、グローバー氏の記者会見から、マスコミが焦点を当てなかったけど、私の印象に残った事を、抜粋します。

1)グローバー氏は、日本政府は住民の健康を守る事については、事故当初から信頼性が欠如していることを、厳しく指摘しています。 

        「原発事故の直後には、放射性ヨウ素の取り込みを防止する…ために、近隣住民の方々に安定ヨウ素剤を配布するというの が常套手段です。私は、日本政府が被害にあわれた住民の方々に安定ヨウ素剤に関する指示を出さず、配布もしなかったことを残念に思います。」

「原発事故が…発生した場合… 政府が正確な情報を提供して、住民を汚染地域から避難させること が極めて重要です。しかし、残念ながらSPEEDIによる放射線量の情報および放射性プルームの動きが 直ちに公表されることはありませんでした。さらに避難対象区域は、実際の放射線量ではなく、災害現場からの距離および放射性プルームの到達範囲に基づいて 設定されました。従って、当初の避難区域はホットスポットを無視したものでした。」

        「これに加えて、日本政府は、避難区域の指定に年間20 mSv という基準値を使用しました。これは、年間20 mSv までの実効線量は安全であるという形で伝えられました。また、学校で配布された副読本などの様々な政府刊行物において、年間100 mSv 以下の放射線被ばくが、がんに直接的につながるリスクであることを示す明確な証拠はない、と発表することで状況はさらに悪化したのです。」

        「残念ながら、政府が定めた現行の限界値と、国内の業界安全規制で定められた限界値、チェルノブイリ事故時に用いられた放射線量の限界値、そして、疫学研究 の知見との間には一貫性がありません。これが多くの地元住民の間に混乱を招き、政府発表のデータや方針に対する疑念が高まることにつながっているのです。」

彼が、例をあげながら手厳しく日本政府を信頼できないと批判をしているのは、日本が、技術も知識も資金も人材もインフラも全て世界トップレベルにある国だからだと思います。住民を守れないはずがない国だからこそ、その落ち度は、政府の意図の問題として厳しく見られているともいえます。 
 
2) その中でも、グローバー氏が次の2点について触れたのは、非常に大切だと思います。これらは、意図的であれば(政府が黙認しているのであれば)、基本的人権を踏みにじった犯罪レベルの問題だからです。

       「自分の子どもが甲状腺検査を受け、基準値を下回る程度の大きさの嚢胞(のうほう)や結節の疑いがある、という診断を受けた住民からの報告に、私は懸念を抱 いています。検査後、ご両親は二次検査を受けることもできず、要求しても診断書も受け取れませんでした。事実上、自分たちの医療記録にアクセスする権利を 否定されたのです。残念なことに、これらの文書を入手するために煩雑な情報開示請求の手続きが必要なのです。」

    「政府は、原子力発電所作業員の放射線による影響のモニタリングについても、特に注意を払う必要があります。一部の作業員は、極めて高濃度の放射線に被ばく
しました。何重もの下請け会社を介在して、大量の派遣作業員を雇用しているということを知り、心が痛みました。その多くが短期雇用で、雇用契約終了後に長 期的な健康モニタリングが行われることはありません。」

3)また、グローバー氏は、被害者の声を政策に反映させるために、被害者が政策決定のプロセスに参加できるようにすべきだと述べています。

           「訪問中、被害にあわれた住民の方々、特に、障がい者、若い母親、妊婦、子ども、お年寄りなどの方々から、自分たちに影響がおよぶ決定に対して発言権がな い、という言葉を耳にしました.。… 今回被害にあわれた人々は、意思決定プロセス、さらには実行、モニタリング、説明責任プロセスにも参加する 必要がある …。」

官僚と既得権者が政策決定のプロセスを独占しているような状態では、被害にあった住民のニーズにあった対応が出来るはずもありません。「国が悪いようにするはずない。」という妄想は、グローバー氏も指摘した震災後の一連の信頼性に欠ける対応によって、汚染地の多くの住民の中では崩れていると思います。しかし、相変わらず、被災者が発言できるプロセスが不十分であり、住民のニーズを反映した被曝防護対策がなされているとは言いがたい状況が続いているということだと思います。

4)彼は、健康を守るという目的を真剣に達成しようとしているとは思えない現行の除染政策にも、批判的な発言をしています。

「日本政府は、長期的目標として汚染レベルが年間20 mSv 未満の地域の放射線レベルは1mSv まで引き下げる、… という…目標を掲げています。…残念なのは、現在の放射線レベルが年間20 mSv 未満の地域で年間1mSv まで引き下げるという目標について、具体的なスケジュールが決まっていないという点です。 …
           
「一部の汚染除去作業が、住人自身の手で、しかも適切な 設備や放射線被ばくに伴う悪影響に関する情報も無く行われているのは残念なことです。」

具体的なゴールも不確かな、十分な防護も無しの住民による除染など、気休めどころが、健康を損なう事になりかねない。以前から言われていたことですが、安全で健康的な環境で暮らす権利の観点からしても、除染も、本当に住民のためになる形で成されているのか疑問があると、グローバー氏も指摘しています。

マスコミは、とくに、グローバー報告官は健康調査の拡大の要請に焦点をあてて,記事を書いていましたが、彼が要請したのはそれでだけはありません。 上に述べたような、日本政府の対応が足りないと批判した点について、様々な具体的な要請をしています。 まずは、日本政府には、外部者から、批判された点をしっかりと、受け止めて欲しいです。 


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参考記事:協同通信ネット版 2012/11/26 17:45
 
東京電力福島第1原発事故後の日本政府による健康対策などの調 査のため来日している国連人権理事会の特別報告者アナンド・グローバー氏は26日、福島県が実施している健康管理調査について「対象が県民などに限られ範 囲が狭い」と述べ、政府に対し、より広範囲での調査実施を求める考えを示した。東京都内で記者会見した。
グローバー氏は15日から来日し「健康を享受する権利」の保護を目的に宮城、福島両県の被災者や政府関係者らからヒアリングを実施。来年6月、人権理事会に最終報告書を提出する。
健康調査の拡大について、具体的な範囲は明示しなかったが「放射能汚染区域全体での実施」を要請した。(共同)
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